うちのふうふとエイトのこと。

黒トイプーのエイトや車。ふうふの日常について。

読書

眠る偽者。

だんなは本を読んで瞼が垂れてくることは殆どありません。時無しに眼光を紙背に徹しているわけではないですが、読者中に眠気を感じているとすれば、それは書見の前から眠かったということで、活字を追って睡魔が惹起されるのは希です。 塩野七生さんの「男た…

小笠原流礼法。

最初にお断りしますと、だんなは小笠原流に知悉している訳ではありません。「室町時代に足利義満の臣小笠原長秀が創始した、武家故実から出た礼法」とて道聴塗説、典籍から得た知識です。 海軍軍人で清水次郎長とも親交を結んでいた、子爵小笠原長生の話を文…

にんじん。

癖の強い赤毛で雀斑だらけのルピック家第三子フランソワは、家族からにんじんと呼ばれ、須く底意地の悪い扱いをされているー。初読後、気持ちの折り合いが付かずにうろうろと居住まいが定まらなかったことを覚えています。にんじんが兄のフェリックスにまん…

日々の100。

元暮しの手帖編集長で、書店経営をされている松浦弥太郎さんの「日々の100」、「続・日々の100」を読みました。著者はまえがきで「この本で僕は、日常生活の中でつきあっているモノを100選んで、そのモノとのつきあい方や出合い、想いや記憶を、あれこれと自…

辨当。

便利、好都合なことを意味する中国語の便當が語源だそうです。だんなもおくさんが料った辨当を職場に持っていき、お昼に食べていた時期がありました。蓋に手を掛けると何とはなしに心弾みます。各人各様、色々と思い入れや思い出があるたべものではないでし…

因縁。

物事が生じる直接の力である因と、それを助ける間接の条件である縁。一見関わり合いが無い様に見える事象も実は結びついている。転じて、責任の所在を持たないことを承知で無理筋から病付かせる「因縁をつける」という言葉を産生しました。 前回記事の材本で…

主義。

ジョージ・オーウェルの「動物農場」。ひと月ほど前に読み終えたのですが、諸諸整理が難しく記事に纏まりませんでした。 農場で働く動物たちは、厳しい労働を強いられ搾取収奪される生活の邪悪を排除するため、逆乱により人間を追放します。二頭の英遇な雄豚…

煩悩。

本記事で108件目の投稿です。だんなは己心顧みてその数からタイトルの連想を得ましたが、煩悩の数や嚆矢にはくさぐさあり忌み数でもないようです。108本の薔薇は求婚の意、野球の硬式球の縫い目は108対、ゴルフボールは直径108ミリと多彩にご活躍の様子。 森…

芥子飯。

内田百閒の随筆集「御馳走帖」にある一文で、十銭を懐に歩いていると「自慢ライスカレー十銭」の立看板に行き当たり、食い気と財布尻を天秤に掛け思い悩んだ挙げ句到頭腹を括って店に入る、というだけの件りが百閒先生の麗筆で実に興味深い掌編となっていま…

韻文。

だんなは時折記事に五七五、十七音の定型詩を逼塞させています。俳句ではありません。聢と学んでおらず、規程の事解も浅薄だからです。心得ある方に「これは俳句にあらず」と指弾されれば一音の反句も持ちません。当然です。ですが「これは詩ではない」と高…

雪花菜。

江湖では豆腐を作るとき大豆から豆乳を絞った後に残る絞り滓のことで、語源は「殻」に丁寧語の「御」をつけた女房詞。空木の花に似ている為、卯の花とも。生理的熱量が低く高蛋白で食物繊維を多く含む栄養的に優れた食品にも拘わらず、滓とは謂われのない譏…

百鬼園忌。

4月20日が歿日と知り、内田百閒の随筆を読み始めました。「御馳走帖」は昭和21年と戦後から間を置かず、御馳走という聯想と縁近くない時代を背景として刊行された随筆集です。裕福な家に一人息子として生まれ、幼少期は祖母の寵愛を受けて不自由なく育った百…

交響楽。

中学2年生の時です。音楽の授業で、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」の第3楽章を鑑賞しました。次の休日早速レコード(!)を買い、居間のオーディオにヘッドフォンを挿し大きめの音量で第3楽章ばかりを繰り返し何度も聴きました。亢奮を感じるも…