イーロン・マスク氏がX(旧Twitter)について、すべての利用者に対して課金制とする可能性に言及したとか。うちは利用していないので全くの風馬牛なんですが。
背景には色色な事情や前提があるのでしょうが、このニュースを目にしてだんなが思い起こしたのは成田悠輔氏の著書「22世紀の民主主義」でした。
資本主義は利潤の追求、民主主義は人民が権力を有する政治の形態です。氏の記述を引きます。
経済と言えば「資本主義」、政治と言えば「民主主義」。勝者を放置して徹底的に勝たせるのがうまい資本主義は、それゆえ格差と敗者も生み出してしまう。生まれてしまった弱者に声を与える仕組みが民主主義だ。暴れ馬・資本主義に民主主義という手綱を掛け合わせることで、世界の半分は営まれてきた。
しかし、二人三脚の片足である民主主義は劣化し、民主主義国家の経済成長の低迷が著しく、コロナ禍では民主国家であるほど金も命も失っていると氏は分析しています。では瀕死の民主主義を再生するには何が必要なのでしょうか。
近年に出来た造語「シルバー民主主義」。少子高齢化の進行に伴い、経世済民の成長が低迷を續ける状況下でも、多数派の高齢者の意向を忖度し優遇する政治形態、と謂うものです。本来はこうした政治に或いは老害どもに怒り、業を煮やした若い世代が革命を起こす。革命世代は軈て自らが老害化しより若い世代の革命に打ち倒される。
私たちは「葬式のたびに進歩する」(ドイツの物理学者マックス・プランクの発言からくる英語の格言)というわけだ。
しかし、今世紀に入ったあたりから何やら雲行きが怪しい。若者の怒りが絶望に、そして脱力に変わりつつあるように感じる。老害を葬り去ってくれるはずの葬式がどんどんと先に延び延びになり、政治がゾンビ化した高齢者に占拠される。シルバー民主主義への絶望と脱力である。
ではこの劣化した民主主義に如何に闘争を挑むのか。氏が提唱する方策の一つが「メディアをいじる」ことです。
インターネットとSNSによって有権者の情報やコミュニケーションが攪乱され、民主主義の前提条件が民主国家でこそ劣化しているという。(略)
とすると、短期的に必要な療法は見えてくる。この化学反応を弱め、有権者への攪乱を抑える緩衝材を導入することだ。情報流通やコミュニケーションの速度を下げ、過激化・極端化を緩める政策や制度が必要になる。
其の具体的方策としては
Twitterのように誰でも参加できる双方向多人数のリアルタイム公開コミュニケーションを、災害・テロなどの一部の領域を除いて、課税したり、禁止したり、規模・人数制限を入れたりする方向が考えられる。
以前に少子化について書いた記事の通り、若者は既に少数派なのです。選挙にいったところで、政治運動を起こしたところで所詮「鱓の歯ぎしり」に過ぎません。
eight8eight-888.hatenablog.com
本書でも同様の主張がなされています。
若者が選挙に行って「政治参加」したくらいでは何も変わらない。今の日本人の平均年齢は48歳くらいで、30歳未満の人口は全体の26%。全有権者に占める30歳の有権者の割合は13.1%。21年の衆議院選挙における全投票者に占める30歳未満の投票者の割合にいたっては8.6%でしかない。若者は超超マイノリティである。若者の投票率が上がって60~70代と同じくらい選挙に行くようになっても、今は超超マイノリティの若者が超マイノリティになるだけ。選挙で負けるマイノリティであることは変わらない。
並大抵のことでは今の政治や政府はびくともしないし、民主主義の劣化も止められないのです。ために、X(旧Twitter)の課金は歓迎されるべきです、とはふうふの財布尻に何ら影響がないから謂えることでしょうか。