生命力を簒奪され、幽暗の中で小揺るぎも出来ずにいるアルファロメオ4ｃスパイダー。不断なら力を蓄え安息を得る厩舎は、何時訪れるともわからない、再び野に放たれる時を孤独に俟つ鉄の函となってしまった。老いて力尽きたのではない。怠惰を貪り食べ衰微したのでもない。今とてひとたびの鞭を受ければ、漲る膂力が律動を編み、地を削ぐ颶風と化すだろう。百余年の血統が紡いだ麒麟にも勝る優駿なのだ。こんな道理に外れた仕打ちを受ける謂れはない。どうで動かぬ身体と忽な主を怨みながら、回生に一縷の望みを需め忍苦の時を耐えていた。
幾夜を眠れず俟つ朝も喪う祟り目に、闇が破かれ眩い光が彼の周囲を忽然と照らしていた。考えることを手放していた彼には何が起きたのかわからなかったが、ようやく未だ慣れぬ眼で判知したのは、金色の海に立つ一人の老将である。老将は彼の身体と手にした奇妙な函を何やらの紐で繋ぐと、かろうじて思い当たる主の名を喚んだ。
主は彼に跨り、老将に合図を送ると鬣を優しく撫でた。刹那雷に撃たれた様な衝撃と、失っていた力が蘇る発露に貫かれ、彼は歓喜の雄叫びを上げた。再び命脈は輝き、心臓は強く鼓を打っていた。どこまでも、誰よりも疾く走れる。そう確信した。
老将の名はジャフ。謙譲の美徳と類い稀な技巧を備え、穏やかな然し何ものにも勇猛に対峙する歴戦の智将である。駿馬の回生を鮮やかに果たした老将は、福澤札を二枚受け取ると深々と頭を垂れ風のように走り去った。
かくして、アルファロメオ4cスパイダーのバッテリーは回生しました。作業中だんなに代わって立体駐車場に出入りする住民の方に事情を説明し、頭を下げてくれたおくさんとエイト、そして受け容れて頂いた皆様に心から感謝します。
