うちのふうふとエイトのこと。

黒トイプーのエイトや車。ふうふの日常について。

人と煙草の良し悪しは煙となって後の世に知る。

 

 文豪森鴎外の息女であると謂う一点以外、森茉莉氏のことには知識を持ち合わせていません。偶さか近場の書肆を訪った折に其の一角にちくま文庫の展示即売があって、置かれていた一冊を購いました。「贅沢貧乏のお洒落帖」と謂う書名に惹かれるものがあったからでしょうか。お洒落なぞには年老いて猶珍紛漢紛、口脇白いだんなですが、著者の炯眼と見識の高さ、調子の高い詞藻に惹かれました。欧羅巴の美意識と江戸の粋が錆びて合わさったような洗煉が心地良いですね。

 喩えば「たばこ随想」との章にある一文を引きますが、

新橋寄りのこれも右側に「三浦屋」という洋酒の老舗があり、私はそこでよく、玩具のような小瓶の三つ星のコニャックや、ミス・ブランシェという五色の薄色の紙で巻いた煙草なぞを買った。

とあります。何だかお洒落ですけれど、氏は本當には煙草を喫むのが「から下手」で、一箱買うと「十九本か九本余って誰かにあげてしまう」。此のシガレットは大佛次郎の小説でも披露されていますが、索めても中中正体が見当たりません。漸く行き當たった販促用の張り札に其の片鱗を覚えました。成る程、粋ですねえ。

 

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 此の張り札が何時のものかは定かではありません。右下に小さく「二十本¥120」と謳われています。本品が引かれた大佛次郎の小説「白い姉」の初版は昭和七年。當時の物価指数に鑑みれば、現在の通貨価値は略640倍です。120×640では、76,800円となってしまいますから、幾ら何と謂っても値が嵩むこと甚だしい。実際には今少し低価だったのでしょう。

 

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 産生国も商標も違いますから、一考関係はないと思いますが、今も虹色の紙巻煙草を購うことは出来ます。ソブラニーカクテル、お値段850円。高望遠く届かず、と謂う程にはお高くありませんね。

 

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 一向に聯関ありませんが、だんなが思い浮かぶ届かない虹とは此方。ゼニスの「デファイ スカイライントゥールビヨン」のスペシャルエディションです。世界限定100台で略850万円。ブレゲを嚆矢として、マリー・アントワネットも註文した脱進機回転結構を装備したエル・プリメロであるからには高いなぞとは野暮は謂うまいと思うものの、一世を賭しても購うこと叶わないことには旗幟鮮明。まあ、分不相応にして不似合いであること甚だしいので物慾の対象にもなりませんけれど。

 

 

 末枯れる思いは致しますが、贅沢とは「する」ものではなく「在る」ものなのでしょうね。ために、贅沢貧乏とは秀逸な物謂いです。

 

 贅沢も虹も届かず酒を吞む      拙句