うちのふうふとエイトのこと。

黒トイプーのエイトや車。ふうふの日常について。

まくら。

おくさんに「話し方が可笑しい」と言われました。心当たりは、大いにあります。十代目柳家小三治師匠の著述を立て続けに読んだからでしょう。

師の本は内容の面白さは勿論、喜怒哀楽を語りかけるように丁寧に織り込んで綴られています。高座で演じる姿が浮かび、ここはどんな抑揚で、声の調子や大きさは、話す機微はと考えながら何度も読み返しました。読了まで普段の三倍ほど時間を掛けたと思います。影響を受けやすいだんなは、勢い言葉が江戸訛りになっちまって、まあさすがに「てやんでえ」やら「べらぼうめ」なんてぇことは言やしませんが、「そこまっつぐ」とか「やけにつべたいね」なんてね。恥ずかしながら三日麻疹のようなもので、早晩治まります。

まくら、本筋の演目、さげを引いて落語は完結します。仕込みや主題に入る序奏のまくらを掌編小説の様に独立した作品に誂えた師匠は、「まくらの小三治」とも呼ばれ、間合いとまくらの長さは隠れ無いところ。まくらだけを集めた本やCDも刊行されています。噺よりまくらが長いことも珍しくなかったそうですが、誰も「そんな間尺(ましょく)に合わねえ話があるか」と声を上げないのですから余程面白かったのでしょう。

最期の演目は「猫の皿」。抑、師匠は猫は好きではなかったそうです。多くの趣味をお持ちだったようですが、バイクに乗り始めてから猫や犬に愛情が湧いてきたとか。

文庫表紙の枕は小三治師愛用の品だそうです。瀬戸物の枕「陶枕」ですね。猫好きで器にも造詣の深かった向田邦子さんのエッセイ、「旅枕」に陶枕が出てきます。友人からの贈り物で、ひんやりとして寝心地が良い。同じ物を使っていた贈り主が、或る日意図せず陶枕で頭を強打し瘤までつくってしまった。曰く「あなたは私よりそそっかしいのだから万一のことがあると命にかかわる。今すぐ捨てて頂戴」と。

「猫の皿」で餌受けに使われていたのは絵高麗の梅鉢、或いは初代柿右衛門の銘品とされています。柿右衛門を象徴する赤い色。一入美しいのは、重要無形文化財保持者であった十四代目の赤といわれます。既に鬼籍に上がられていますが、1690年に記された秘伝書「赤絵具覚」により伝統は脈脈と相承されるのでしょう。

小三治師匠が亡くなり名跡は空き、噺家重要無形文化財保持者も不在となってしまいました。同じく重要無形文化財保持者で師匠の柳家小さんから教わった噺は「一つも無い」。伝統芸能ですが、話芸は属人的なもの。「もっと生きてて、いい芸になりたい」。衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

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