うちのふうふとエイトのこと。

黒トイプーのエイトや車。ふうふの日常について。

世間咄。

 

絲山秋子さんの述作「スモールトーク」。車を話頭に進む連作短編と随筆で、時折読み返しています。和訳は世間話とか雑談ですが、だんなは小咄なんてなことを言って叱られっちまいそうな。冒頭から元彼がTVRタスカン、しかも色はオレンジと奇矯に過ぎる一台で乗りつけるという車狂は欣喜雀躍、その他の方は残置放置で始まるや、矢継ぎ早、怒涛の勢いで買い換え攻め寄せる名車群。英国の気韻躍如するジャギュアや「ドライブ・マイ・カー」で世に知られたサーブのカブリオレ伊太利亜の熱血アルファロメオ等等が続きます。就中惹かれるのはアストンマーティンヴァンキッシュ。職人が叩き出して成形する外板を纏い、V字に組んだ十二気筒六立の自然吸気内燃機は馬四百六十頭分の力を横溢します。

脱炭素社会では、多気筒大排気量車は退潮一択。征服者の名を戴いたアストンも電気自動車に簒奪されるのでしょう。栄華を誇った貴族の没落を見るような寂寞を感じます。

著名人が選ぶ最後の一台を主題とした「人生最後に乗るクルマ」という雑誌も思い切れない一冊です。購めること能わずとも夢の一台に思いを巡らせる。楽しいものですが、最後に乗る車は「最後に降りる車」だと心付きました。心奪われる素晴らしい車では離れること難くなるでしょう。着古したコートを脱ぐようにさらりと降りられる方がいい。思い出はたくさんあって、思い入れはそれほど深くなくていい。

スモールトークの主人公ゆうこは「クルマトイウモノ」に絶望し、愛車のアルファロメオからも遠ざかってしまいます。そうなる前に4cスパイダーを降りて、人生最後の有り触れたヤツと世間咄をするように時を経てたいと思います。

 

f:id:eight8eight_888:20220408141534j:plain

 

4月5日。

 

日本オープンカー協会が制定したオープンカーの日、だそうです。失礼ながらオープンカーの日も、日本オープンカー協会も存じ上げませんでした。アルファロメオ4cスパイダーの納車から今日で100日余。あまり乗っていないので、賞味期限切れと機嫌を損ねていないかを心配しております。

 

山葵漬賞味期限の納骨儀

 

f:id:eight8eight_888:20220405171611j:plain



 

飛ぶ。

 

もともと聞かない嫁が、元い。利かない夜目が、加齢が起こりか層一層不束になってきました。視認性が低落し危険度が昂騰するので、自動車の夜間走行は能う限り斎戒しております。

飛行家で小説家であるサン=テグジュペリの「夜間飛行」を繙きました。飛行機による雁信の郵伝が危険視されていた草創期の話です。事業の露命を繋がんとし、暗晦の空に飛行機を放つリヴィエールは、数多の機雷を率先して掃海するように夜間飛行の危難を排除し、搭乗員の命を守る為に強靱に感情を律しています。重責に対峙し、「自分が公平だか、不公平だかは知らない。ただ、僕が、罰しさえすれば事故は減少する。責任の所在は人間ではないのだ、それは全員を処罰しなければ罰し得ない闇の力のごときものだ。もし僕が公平だったりしたら、夜間飛行は、一度々々が致命的な危険の伴うものになるはずだ」と折伏します。「規則というものは、宗教でいうなら儀式のようなもので、ばかげたことのようだが人間を鍛えてくれる」。

使命と荷を担う操縦士ファビアンは、颶風に流され洋上を翩翻と打ち振られます。陥穽と知りながら、暴風雨の切れ間に瞬く星を目指して死出の上昇を続け、交信は途絶します。哀切胸を衝きますが、アンドレ・ジッドは作品に寄せ、「この小説中の人物は、みながそれぞれ、その義務とする危険な役割に、全身的、献身的に熱中し、それを成就したうえでのみ、彼らは幸福な安息を持ち得るのだ」と行動原理を溶いています。

世界一有名な鷖、ジョナサン・リヴィングストン。「かもめのジョナサン」の作者であるリチャード・バックも飛行家で小説家でした。ジョナサンにとって重要なのは、食べることよりも「飛ぶこと」。「その他のどんなことよりも、彼は飛ぶことが好きだった」、「生活の中で最も重要なことは、自分が一番やってみたいと思うことを追求し、その完成の域に達することだ。そしてそれは空を飛ぶことだった」。この探究心が彼の行動原理だったのでしょう。半世紀近くを経てて最終章が追補された同作。完成版への序文で、ジョナサンはバックに披瀝しています。「あんたのいる二十一世紀は、権威と儀式に取り囲まれてさ、革紐で自由を扼殺しようとしている。あんたの世界は安全にはなるかもしれないけど、自由には決してならない。わかるかい?」。

世界は安全とは言い切れませんし、だんなには答えはわかりません。頼る言葉を探すならば「最も高く飛ぶかもめが最も遠くを見通せる」。高くも速くも飛べませんが、群れから遅れ離れても遠くで光る自由の星を、完成の域を希んでいたいと思うのです。

 

f:id:eight8eight_888:20220404195203j:plain

 

日日。

 

今日は病院を受診し、美容院で髪を切ってもらいます。日日のことにかまけているうちに、さらさらと水が流れるように時間は過ぎていく。もう4月。早いものですね。

 

父母の位牌小さし春の夜

 

f:id:eight8eight_888:20220402072638j:plain