うちのふうふとエイトのこと。

黒トイプーのエイトや車。ふうふの日常について。

飛ぶ。

 

もともと聞かない嫁が、元い。利かない夜目が、加齢が起こりか層一層不束になってきました。視認性が低落し危険度が昂騰するので、自動車の夜間走行は能う限り斎戒しております。

飛行家で小説家であるサン=テグジュペリの「夜間飛行」を繙きました。飛行機による雁信の郵伝が危険視されていた草創期の話です。事業の露命を繋がんとし、暗晦の空に飛行機を放つリヴィエールは、数多の機雷を率先して掃海するように夜間飛行の危難を排除し、搭乗員の命を守る為に強靱に感情を律しています。重責に対峙し、「自分が公平だか、不公平だかは知らない。ただ、僕が、罰しさえすれば事故は減少する。責任の所在は人間ではないのだ、それは全員を処罰しなければ罰し得ない闇の力のごときものだ。もし僕が公平だったりしたら、夜間飛行は、一度々々が致命的な危険の伴うものになるはずだ」と折伏します。「規則というものは、宗教でいうなら儀式のようなもので、ばかげたことのようだが人間を鍛えてくれる」。

使命と荷を担う操縦士ファビアンは、颶風に流され洋上を翩翻と打ち振られます。陥穽と知りながら、暴風雨の切れ間に瞬く星を目指して死出の上昇を続け、交信は途絶します。哀切胸を衝きますが、アンドレ・ジッドは作品に寄せ、「この小説中の人物は、みながそれぞれ、その義務とする危険な役割に、全身的、献身的に熱中し、それを成就したうえでのみ、彼らは幸福な安息を持ち得るのだ」と行動原理を溶いています。

世界一有名な鷖、ジョナサン・リヴィングストン。「かもめのジョナサン」の作者であるリチャード・バックも飛行家で小説家でした。ジョナサンにとって重要なのは、食べることよりも「飛ぶこと」。「その他のどんなことよりも、彼は飛ぶことが好きだった」、「生活の中で最も重要なことは、自分が一番やってみたいと思うことを追求し、その完成の域に達することだ。そしてそれは空を飛ぶことだった」。この探究心が彼の行動原理だったのでしょう。半世紀近くを経てて最終章が追補された同作。完成版への序文で、ジョナサンはバックに披瀝しています。「あんたのいる二十一世紀は、権威と儀式に取り囲まれてさ、革紐で自由を扼殺しようとしている。あんたの世界は安全にはなるかもしれないけど、自由には決してならない。わかるかい?」。

世界は安全とは言い切れませんし、だんなには答えはわかりません。頼る言葉を探すならば「最も高く飛ぶかもめが最も遠くを見通せる」。高くも速くも飛べませんが、群れから遅れ離れても遠くで光る自由の星を、完成の域を希んでいたいと思うのです。

 

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