色が褪せるように、思い出も淺せてしまうのでしょう。年を重ねると、記憶を照らす光は弱くなってしまいます。仏壇の位牌に手を合わせ、父の好物や母の味加減なぞを思い出そうとしても、行き届かない。だんなは兄弟も姉妹もいません。自分一人の記憶を恃まなければならないと謂うのは心細いものです。昔歳の思い出を語らえば、頼りない記憶も補完できるのに。
加齢がために日日毀損する記憶を辿るのは、流水を笊で掬うかの様で遣り切れません。節穴の目で、笊耳の魯鈍者はいまだに不孝続きで、父母に気の毒でなりません。結句出来るのは、仏壇に手を合わせ、申し訳ないと頭を下げることだけです。
朧や父母を思ひ独り在る